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2年前、2009年には卒業30周年で集まりましょうといった日から
あまりに早い月日の流れがあったように思います。
そんな流れの中で、時代の中で懸命に生きている私たちが抱きしめている思い出は、
時に「昔はよかったね」という象徴的な絵として心に残っているのだと思っていました。
でもそれはちょっと間違っていたことに気付きました。
あの会場であの人数の中から、あの数分間に一緒にあのテーブルに集まった人たち。
それもこれも運かご縁か…
思い出を語る時、
当時の先生たちより大人になったかもしれない私たちの中で
30年前の出来事が再び動き出しました。
当時気がつけなかった大きな意味を初めて持って。
思い出は1枚の絵じゃなかった。
「昔はよかった」とは、これを感じることなんだ、
嘆くだけの言葉じゃなかったのだと知りました。
どんな時代にも「昔はよかった」感は存在するのでしょうが、
私たちは私たちの時代の「昔はよかった」を、
生きている限り真摯に考えていくべきなんだと。
私には輝くような思い出はあまりありませんが、
でも、会場には小さな思い出を共有している同級生がいて
それをあたたかいものに変えることができることも知りました。
あふれ出た思い出。
今回はきちんと箱に納めてリボンをかけてあげた感じです。
いつでも広げて、
心地よい感触に浸ったり
今を生きる糧にしたり。
記憶のすり替えということがあるそうです!
私は決して自分の記憶をすり替えたりしていないと断固思っていますが、
また5年、10年かけて真相を確認しようかと秘かに燃えています(怒)&(笑)
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